2023年はとにかく焦っていた。手塩にかけて育てた広告事業が崩壊の危機を迎えていたからだ。現場レベルではそんなことは露とも知らず・・・。そして2023年の11月頃、とある公認会計士の先生をご紹介いただき、無事要件をクリアーさせる。
2024年晴れて新規事業スタート。しかし、資金繰りがやばい・・・。すべてが空回りしていた。主力だった従業員をリストラし半分に。残った社員でどうにか事業をまわそうにも、未経験だったしでさっぱり売上がたつ兆しすらない。そんな状況でも先行費用はでていくし、給料も家賃も発生する。銀行をかけまわり、父にも頼みなんとか資金を工面した。
とにかくギリギリで、あと2週間でショートというところまでいった。いま思い出しても胃のあたりがざわざわする。
銀行に借りまくったのに全然返せないからリスケを頼み、今までコレクションしていたブランドものや高級時計、あとは高校生の時からの夢だった車も売った。家賃1/2以下の場所に引っ越した。そうまでしてなんとか生き延びたのだ。
すべてを手放して自由になれた
2025年の2月は新しい家(今の家)で過ごした。さんざん物を売り、断捨離し、子供たちのおもちゃもほとんど捨てた。自分に言い聞かせるように子供たちにおもちゃを捨てさせせるのがみじめで、くやしくて、頭がおかしくなりそうだった。息子があれだけ大事にしていた黒い車のおもちゃを分解しているときつらくてつらくて涙をこらえるのが大変だった。役員報酬は1/3、家賃も1/2、バックオフィスの解約に稼がない従業員をさらにリストラ。なにやってんだ自分。本当にだせぇな・・・。
そして春ごろからようやく通帳の出金ラッシュが止まりだした。あらゆる経費の見直しが効いてきたのにくわえ、昨年の売上がようやく入金されだしたのだ(非常にキャッシュフローがわるい事業なのだ)。
「よし、トレードをしよう」と決めたのは2024年の12月で、絶対に破産すると思い込んでいた。破産してもサラリーマンやりながら復活できるなと思ったのがトレードだったのだ。その後、無事事業もようやっと形になり、次の拡大フェーズがみえつつあるところまできた。
会社の事業も、従業員も、ほしかったモノも、あらゆるものを所有しなくなってはじめて失う自由から逃れられる。またプレーヤーとして仕事をするのも最初は抵抗があったが今はそう思わない。いたって当たり前の習慣になった。
事業のことを考えながら、またプレーヤーとして現場に入りながらトレード技術を習得するのは骨の折れる作業だと思う。子供たちも小さくてお父さんっ子だから、彼らと遊ぶ時間だって大事にしたい。そういったものをぜ~んぶ来年は形にできるだろうなと確信をもてた。確信をもてたから今年は最高だと言い切れる。
創造的破壊だった2025年
自分に正直に生きることが大切だと思う。それまではどこか無理をしている部分があった。2024年まで大企業の下請けで我慢ばかりしていたが、自分でこさえた事業には誰にもじゃまされない本当の自由がある。
きっと、あのまま続けていても俺は幸せになれなかったはず。こうやって真剣にトレードをやろうとも考えなかっただろう。すべてのタイミングが合わさって今こうやって、最高の状態で年末を迎えることができた。
2026年に手にするもの
まずは既存事業を拡大させる。すべての事業においてちゃんと増員計画をたて、人を増やす。そして自分の収入を正当な金額にまで復活させる。一定金額を毎月入金し、平行してトレードスキルも磨いていく。
その先に待っているのが、いま俺が求めている理想の世界観だと思うから。